訴訟・紛争の基礎知識
債権回収における仮差押の重要性
1.仮差押とは?
AがBにお金を貸したにもかかわらず返済期限を過ぎてもBが返さない場合や、AがBに商品を販売したにもかかわらず支払期限を過ぎてもBが代金を支払わない場合に、AはBに対して訴訟を提起し、数ヶ月後、Aは勝訴判決を得たとします。しかし、判決までの数カ月間にBはB所有の唯一の財産であった不動産をCに譲渡し、移転登記も済ませ、譲渡代金は生活費等として費消してしまった場合、Aはせっかく勝訴判決を得ても、Bが所有していた不動産等の財産に対し強制執行(差押)することができず、貸付債権や売掛債権を回収できないことになってしまいます。
裁判所に訴訟を提起しなければ解決できないほど、当事者間の関係・問題がこじれている場合には、Bは刑法に触れるような方法で財産を隠匿・仮装譲渡することもあります(強制執行妨害罪、刑法96条の2)。
そこで、このような事態を避け、債権回収を実現するためには、Aは訴訟を提起する前に(提起した後でも可能です)、仮差押(民事保全法20条1項)によりBの財産をあらかじめ確保しておくことが重要となります。
裁判所が不動産に対する仮差押命令を発すると、B所有の不動産に仮差押の登記がされ、仮差押後にCがBからその不動産を譲り受け、移転登記を済ませていても、AはCの所有権取得を否定することができます。
このように、債権者は仮差押を利用することにより、債務者の責任財産(債務の支払の引き当てとなる財産)の現状を維持し、判決を得るまでの間に債務者が財産を処分することを制限して、将来の強制執行を保全することができます。
仮差押は、債権者が判決を得るまでの間、文字通り「仮」の状態を作る制度です。したがって、保全手続である仮差押は、執行手続である差押とは異なり、債務者の財産の換価・配当の段階にまでは進みません。債権者は勝訴判決を得た後、差押により、債務者の財産を換価し配当を受けます。
仮差押は、差押さえる対象となる財産の種類によって、不動産、動産、債権等に対する仮差押に分けられます。
2.仮差押の手続(発令までの流れ)
(1)仮差押命令を求める申立て
仮差押の発令には、まず債権者の申立てが必要です(民事保全法2条1項)。申立ては、訴訟提起の前でも後でもできます。申立人を債権者(冒頭の例におけるA)、その相手方を債務者(冒頭の例におけるB)といいます。
債権者は、申立ての趣旨(何を仮差押したいのか)と保全すべき権利(被保全債権といいます)、保全の必要性を明らかにして申立てをします(民事保全法13条1項、20条1項、民事保全規則13条1項、2項)。被保全債権は金銭債権(金銭の支払を目的とする債権)である必要がありますが、条件付きまたは期限付きの権利や将来成立する権利(保証人の主たる債務者に対する求償権や手形上の求償権など)であっても構いません(民事保全法20条2項)。また、同時履行の抗弁権(民法533条)や留置権(民法295条1項)がついていたり、対抗要件を備えていなくても被保全債権となります。
債権者が仮差押を申立てる管轄裁判所は、差押さえる財産により、以下のとおりとなります。
(2)裁判官面接
仮差押命令の審理は、原則として、書面審理または債権者と裁判官が面接する方法によって行われ、債務者審尋(裁判官と債務者の質疑応答)や口頭弁論(裁判官の面前での債権者と債務者の対論)は行われません(民事保全法3条)。なぜなら、債務者審尋等のために債務者を呼び出すと、債務者に申立ての内容を知られることとなり、債務者が自己の財産を隠したり処分したりすることによって、仮差押の目的を達成できなくなるおそれがあるからです。なお、東京地方裁判所では、債権者と裁判官が面接する方法が行われています。
この裁判官面接の際に、下記(3)で説明する、債権者が準備しなければならない担保の額が決定されます。
(3)担保
担保とは、仮差押によって債務者が被る可能性のある損害を補てんするために、債権者が仮差押にあたり提供する金銭等をいいます。
債権者が担保を立てることが、仮差押命令の発令要件または執行の要件となります。
債権者は、i).供託所に金銭を供託する方法、ii).裁判所が相当と認めた有価証券を供託する方法または iii).裁判所の許可を得て、銀行・保険会社等と支払保証契約を結び、その契約成立を証明する銀行等の発行した文書を裁判所に提出する方法(民事保全規則2条)により担保を立てます。
債務者は、債権者が提供した担保について、他の債権者に優先して弁済を受ける権利を有し(民事保全法4条2項、民事訴訟法77条)、不当な仮差押がなされた場合の損害賠償請求権を保護されています。
担保の額は、上記(2)の裁判官面接の際に、具体的な事情を考慮して、裁判所が決定します。一般的には、仮差押の目的物の価格(時価)を基準として定められます。不動産の場合は、原則として固定資産評価額を基準とします。仮差押の目的物の価格が被保全債権額よりも高額の場合は、被保全債権額が上限となります。
担保の額の一般的な基準は以下の表のとおりです。数値は仮差押の目的物の価格に対する担保額の比率(パーセント)です。
目的物/ 被保全債権 |
動産 | 不動産 | 債権 | 自動車 | ||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
預金給料 | 敷金 保証金 預託金 供託金 |
その他 | 登録 | 取上げ | 併用 | |||
手形金・ 小切手金 |
10-25 | 10-20 | 10-25 | 10-20 | 10-25 | 10-20 | 15-25 | 20-30 |
貸金・賃料 売買代金 その他 |
10-30 | 10-25 | 10-30 | 10-25 | 10-30 | 15-25 | 25-30 | 30-40 |
交通事故損害賠償 | 5-20 | 5-15 | 10-25 | 5-15 | 5-20 | 5-15 | 10-20 | 15-25 |
その他の損害賠償 | 20-30 | 15-30 | 25-35 | 15-30 | 20-30 | 15-25 | 20-30 | 25-35 |
詐害行為取消権 | 20-30 | 15-35 | 20-40 | 15-35 | ||||
財産分与 | 10-15 | 5-15 | 10-15 | 10-15 | ||||
離婚に伴う慰謝料 | 10-20 | 5-20 | 10-20 | 10-20 |
(4)仮差押解放金
仮差押命令では、仮差押の停止の執行を得るため、または既にした仮差押の執行の取消しを得るために債務者が供託すべき金銭の額が定められます。これを仮差押解放金(民事保全法22条1項)といいます。
債権者は金銭債権の回収を目的として仮差押をしますので、金銭を確保できればよいわけです。したがって、債務者が仮差押解放金として定められた一定額を供託すれば、仮差押をする必要はないとされているのです。
仮差押解放金の額は、被保全債権額が基準となりますが、仮差押の目的物の価額が被保全債権額より明らかに低額である場合には、その目的物の価額が基準となります
仮差押解放金は仮差押の担保とは異なり、債権者が仮差押解放金から優先的に弁済を受けられるものではありません。債権者は、仮差押の対象となる債務者の財産に代えて、債務者の供託所に対する供託金取戻請求権に対して仮差押の効力を及ぼすことができます。
3.仮差押の執行(発令後)
債権者は、原則として、仮差押命令が債権者に送達された日から2週間以内に仮差押命令の執行の申立てをする必要があります(民事保全法43条2項)。
仮差押は、差押さえる対象となる財産の種類によって、不動産、動産、債権等に対する仮差押に分けられます。
(1)不動産に対する仮差押の執行
不動産に対する仮差押の執行は、仮差押の登記をする方法、強制管理をする方法及びこれらを併用する方法によって行われます(民事保全法47条1項)が、通常は仮差押の登記をする方法によります。この場合、仮差押命令を発した裁判所が執行裁判所となるため、裁判所書記官は債権者による執行の申立てを待たず、仮差押の登記を嘱託し(民事保全法47条2項、3項)、登記官がこの嘱託に基づき仮差押の登記をします(不動産登記法16条1項)。
(2)動産に対する仮差押の執行
動産に対する仮差押の執行は、執行機関である執行官が目的物を占有(保管)する方法で行います(民事保全法49条1項)。
動産に対する仮差押命令は、動産の所在場所を特定する必要がありますが、目的物を特定しないで発令することができ(民事保全法21条但書)、執行官が申立ての範囲内で執行する動産を選択します。
(3)債権等に対する仮差押の執行
債権に対する仮差押の執行は、裁判所が第三債務者(差押の対象となる債権の債務者)に対し、弁済を禁止する命令を発する方法により行われます(民事保全法50条1項、2項)。
この場合、仮差押命令を発した裁判所が執行裁判所となるため、債権者は執行の申立てをする必要はありません(民事保全法50条2項)。