訴訟・紛争の基礎知識

代表取締役の暴走への対応方法(職務執行停止の仮処分を中心に)

1.代表取締役が暴走、独断専横した場合にどう対応するべきか

(1)取締役会および株主総会による対応

無駄な経費の支出をしたり、必要な取締役会や株主総会の決議を経ないで不当な取引を行い会社に損害を与える経営を繰り返す等、代表取締役が暴走または独断専横とも呼べる行為を行っている場合に、少数株主は自己の権利を保護するため、どのような手段を採ることができるでしょうか(なお、本稿は、取締役会が設置され、かつ株式譲渡制限のある会社を前提としています。)。
代表取締役は、取締役の中から取締役会の決議により選定され、解職されます(会社法362条2項3号)。したがって、暴走する代表取締役に対しては、少数株主としては他の取締役に働き掛け、取締役会決議による解職を図るのが本来の筋となります。しかし、独断専横型の代表取締役は、事実上の人事権(役員選任権)により取締役を自らの意向に従うイエス・マンで固めていることも多く、取締役会決議による解職が奏功する会社はそれほど多くはありません。
また、代表取締役は会社の代表権を有する取締役であり(会社法349条1項、2項、4項)、取締役の地位を失うと代表取締役の地位も失うことになります。取締役は株主総会決議によって選任され、同決議により解任されます(会社法329条1項、339条1項)。したがって、株主総会の決議により暴走する代表取締役を取締役として解任することが考えられ、3%以上の議決権を有する少数株主にも取締役の解任を議題とする株主総会の招集請求権が与えられています(会社法297条、303条)。しかし、代表取締役は株主総会における議決権の過半数を事実上支配していることも多く、株主総会決議による解任も奏功しないことがあります。

(2)訴訟による対応

以上のように資本多数決による解決を図ることができない場合、少数株主としては、取締役の解任の訴え(会社法854条1項)、違法行為の差止めの訴え(会社法360条1項)を提起し、訴訟・裁判による解決を図ること等が考えられます。
訴訟を提起する場合に注意すべき点は、訴訟提起自体は代表取締役の地位に何らの影響も与えず、当該代表取締役は敗訴判決が確定するまで職務を継続することができるということです。取締役解任の訴えにおいては、「取締役の職務の執行に関し不正の行為または法令もしくは定款に違反する重大な事実があったこと」等を、訴訟において主張・立証しなければなりません(会社法854条1項)。違法行為差し止めの訴えにおいては、「取締役が株式会社の目的の範囲外の行為その他法令もしくは定款に違反する行為をし、またはそのおそれのあること」、「株式会社に回復することができない損害が生じるおそれがあること」等を主張・立証しなければなりません(会社法360条1項)。このような主張・立証を伴う訴訟は判決が確定するまでに長年月を要し、その間、当該代表取締役は職務執行を続けることができるので、会社はさらなる損害を被るおそれがあります。そのため、株主が訴訟を提起するだけでは、代表取締役の暴走行為の阻止という訴訟の目的を迅速・確実に達成することはできません。

2.職務執行停止の仮処分の概要

そこで、少数株主としては、代表取締役に対し訴訟を提起し確定判決を得るまでの間に、当該取締役の職務執行停止の仮処分(民事保全法23条2項)を申立てることが考えられます。職務執行停止の仮処分は、対象とされる取締役の職務執行を停止する効果を有するので、申立てが認められれば、当該取締役は職務執行ができません。仮処分に違反して職務執行行為を行ったとしても、当該行為は無効となります。したがって、当該仮処分の申立ては、会社への損害を防ぐために、非常に有効な手段といえます。
また、当事者の申立てに基づき裁判所により仮処分が発令されれば、本案訴訟の提起前であっても、仮処分によって当該取締役の職務執行を停止することは可能とされています。

3.職務執行停止の仮処分の発令要件

職務執行停止の仮処分は、民事保全法23条2項の仮の地位を定める仮処分の一種ですので、被保全権利の存在(仮処分により保全する適切な本案訴訟の存在)および保全の必要性が発令要件となります(民事保全法23条2項)。

(1)被保全権利の存在

取締役選任決議の不存在・無効確認の訴え(会社法830条1項、2項)、同取消しの訴え(会社法831条1項)、取締役解任の訴え(会社法854条1項)は、職務執行停止の仮処分の本案訴訟となります。但し、解任の訴えを本案訴訟とする申立てについては、株主総会における解任決議の否決がなされる前でも仮処分が許されるかという問題があります。この点、学説は肯定、否定の両者が存在します。判例には、解任決議の否決がなされていない点をもって、解任の訴えを適法に提起することができる要件が実体法上充足されていないとして、仮処分の申立てを却下した事案があります(東京高決昭和60年1月25日、判例タイムズ554号188頁)。なお、上述した違法行為の差し止めの訴え(会社法360条1項)は、取締役による特定の行為を差し止める訴訟に過ぎないので、職務執行停止の仮処分の本案訴訟とはならないとされています。
本案訴訟の請求権が、仮処分の被保全権利として認められるためには、当該権利の存在を「疎明」(そめい。「証明」に比べ、より低い程度に裁判官に確からしいという推測を持たせること。)する必要があります。取締役選任決議の不存在・無効確認の訴え(会社法830条1項、2項)、同取消しの訴え(会社法831条1項)を被保全権利とする場合には、債権者たる株主側は、株主総会決議の瑕疵(かし。内容または手続の不備のこと。)について、瑕疵の具体的内容の主張が求められます。
取締役の解任の訴え(会社法854条1項)を被保全権利とする場合には、当該取締役が職務執行を担う者としての適格を欠くという点だけでなく、職務執行に関する不正行為または法令もしくは定款に違反する重大な事実につき、具体的な主張が求められます。さらに、取締役解任の訴えの要件が具備されていないことを理由とする申立ての却下を防ぐためにも、取締役解任のための株主総会の招集手続を行う等の準備も重要です。

(2)保全の必要性

保全の必要性とは、本案訴訟の確定判決がなされるまでに、仮処分がなされなければ、被保全債権の権利の実現が困難または事実上不可能になってしまう事情があることを指します。職務執行停止の仮処分における保全の必要性は、債権者(仮処分の申立者たる少数株主)に生じる著しい損害または急迫の危険を避けるために、暫定的に職務執行を停止する必要があるときに認められます(民事保全法23条2項)。被保全債権の存在が疎明されると、保全の必要性は、仮処分により当該取締役に著しい不利益が生じて、著しく不公平である場合などに限られます。
上記二要件のほかに、仮処分の申立者が本案訴訟の原告適格(訴訟を訴えることができる資格)を有することも当然に必要となります。

4.職務執行停止の仮処分の効力および執行

職務執行停止の仮処分が発令されると、当事者に決定正本が送達されます(民事保全法17条)。仮処分の効力発生は、債権者(申立者)に送達がなされた時です(民事保全法7条、同43条3項、民事訴訟法119条)。また仮処分命令が発令された旨を登記する必要があります(会社法917条1号)。
仮処分の効力が発生すると、対象とされた取締役は職務の全体につき執行が停止されます。仮処分の効力は第三者にも及び(民事保全法56条)、仮処分に違反してなされた行為は第三者との間でも無効となります。仮処分が後に取り消されても、職務執行停止中になされた行為が、取消し後に遡及的に有効とはなりません(最判昭和39年5月21日、民集18巻4号608頁)
仮処分の効力消滅時期については、債権者勝訴の本案判決がなされた場合、その確定をもって消滅しますが、債権者敗訴の本案判決がなされた場合、事情変更による保全の取消しがなされるまで効力が持続するという見解と、効力自体は本案判決の確定によって消滅するという見解が対立しています。

5.職務代行者選任の仮処分の概要

職務執行停止の仮処分が発令されると、職務執行を行う者が不在となるため、会社経営に支障が生じることになります。そこで、職務執行停止の仮処分を受けた代表取締役の代わりに、職務執行を行う者を選任するのが職務代行者選任の仮処分です(民事保全法23条2項)。実務では、発令前に裁判所が職務代行者の候補者(通常は弁護士)に就任を打診した上で承諾を得て、職務執行停止の仮処分と職務代行者選任の仮処分を併せて発令しています。
当該仮処分によって、当事者と利害関係のない弁護士が職務代行者として選任され、その弁護士が本案訴訟での解決がなされるまで、中立的な立場から会社の業務の必要最低限のことを行い、現状維持を図ることを任務として会社財産の管理を行います。
職務代行者の権限は、仮処分命令に別段の定めのある場合を除き、会社の常務(会社として日常行われるべき業務)に限定されています(会社法352条1項)。代表取締役の常務とは、仕入れ、生産、販売、財務に関して通常行われるべき行為を指します
代行者の地位は、仮処分の効力が消滅する時に失われ、代行者の在任中に職務失効停止中の取締役の後任が選任されても、当該選任によっては代行者の地位は失効しません(最判昭和45年11月6日、民集24巻12号1744頁)。また、職務代行者がなした行為は、後に仮処分が取り消された場合にも、無効とはなりません(大判昭和6年2月3日、民集10巻39頁)。

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